大賞

掲載内容は2019年時点のものです
Doris Salcedo Colombian, b. 1958 Doris Salcedo Colombian, b. 1958
  • Footage from:
    Fragmentos, 2018

  • Doris Salcedo in "Compassion",
    art21, Season 5, October 7, 2009

  • Doris Salcedo 2016 Inaugural
    Nasher Prize Laureate

  • Footage from White Cube
    Installation, A flor de piel, 2012

  • Palimpsesto

  • Quebrantos, 2019

経歴

ドリス・サルセドは、1958年にコロンビア共和国ボゴタに生まれ、現在も同地を拠点に活動。政治的暴力や差別に対して芸術が持ちうる抵抗の力を表現するサルセドは、彫刻やインスタレーションを通じて、展示空間を死者を悼むための場に変容させ、政治的・精神的な苦難を目に見える形にして記録し、観る者に強く訴えかける。「私の作品は、暴行や喪失の経験そのものについてではなく、常に消失の過程にある体験の記憶について訴えるものです」と、サルセドは語る。例えば、シリーズ作品「La Casa Viuda(ラ・カーサ・ヴィウダ/寡婦の家)」(1992–95)は、長年に亘って日常使いされてきた家具や布地、衣服などを彫刻として再生し、それらに刻まれた政治的、そして個人的な悲劇の記憶を表現している作品である。

サルセドの作品は、その多くが史実を題材としており、政治的暴力から生じる苦難を、身近な素材で鋭く表現している。パフォーマンス作品「Noviembre 6 y 7(ノヴィエンブレ・セイス・イ・シエテ/11月6日と7日)」(2002)は、1985年に起きたボゴダの最高裁判所占拠事件から17年を機に発表された。事件後に再建された最高裁判所の外壁にシンプルな木製の椅子を吊り下げ続けたこの作品は、事件発生から制圧までに要した時間と同じ53時間をかけて展示された。近年の作品では、「Sumando Ausencia(スマンド・アウセンツィア/不在の加算)」(2016)は、60年近く続くコロンビア内戦の和平合意をめぐる国民投票が反対多数となったことをきっかけに、コロンビア国立大学付属美術館とのコラボレーションによって制作された。この作品は、埋葬布もしくはデモ行進用の横断幕に見立てた7,000メートルの白布に内戦の犠牲者の名前を灰で記したもので、ボゴタ中心に位置するボリバル広場にて、ボランティアとともにサルセド自らが12時間に亘って布を縫い合わせて完成させ、広場全体を覆い尽くした。しかしこれだけの作品規模をもってしても、記載できたのは犠牲者総数の僅か0.7%であった。また、シリーズ作品「Plegaria Muda(プレガリア・ムーダ/沈黙の祈り)」(2008–10)も、身体の「不在」を取り上げた作品である。棺の大きさほどの手作りのテーブル2台を天板を面合わせにして上下に積みあげた立体群を整然と並べたこのアッサンブラージュは、天板が挟んだ土からは柔らかな草が芽吹き、おびただしい数の墓標が寂しく立ち並んだ墓地を想起させるインスタレーション作品。これは、ロサンゼルスで起きたギャング抗争に関して調べるうちに制作を始めた作品であるが、コロンビアで軍により殺害されたのちにゲリラ抗争の犠牲者として処理された、幾千人もの「失踪者」市民の存在にも着想を得ている。

さらに、サルセドはより普遍的な視点から主題を扱った作品にも取り組んでいる。インスタレーション作品「Untitled(無題)」(2003)は、イスタンブール市の中心地にある二つの建造物に挟まれた区画に木製の椅子1,550脚を不安定に積み上げて制作された。また、イタリア・トリノ県のカスティロ・ディ・リヴォリ現代美術館での「Abyss(アビス/深淵)」(2005)では、古城らしいレンガ造りのアーチ型天井を内壁に沿って床近くまで延長させることで、展示会場を静謐な空気感が漂う埋葬の空間へと変容させた。サルセドの代表作であるインスタレーション作品「Shibboleth(シボレス)」は、テート・モダンでのユニリーバ社提供の展示シリーズ企画として2007年に制作された。同館のタービンホールのコンクリート床に、歩行の妨げになるほどの深く巨大な亀裂-虚空—を走らせたこの作品は、脱構築的な思考プロセスを通じて、排他、分断、そして他者性といった概念に視線を向けている。

近年の代表的インスタレーション作品「Palimpsest(パリンプセスト)」(2013–17)は、ヨーロッパの移民問題を主題にしたもので、スペイン・マドリッドのソフィア王妃芸術センター水晶宮殿(パラシオ・デ・クリスタル)での展示のために制作された。床に敷き詰められた石盤に、移民死者190名の名前が浮かんでは消え、断続的に繰り返される同作品は、展示会場を落命者への追悼の空間として変容させると同時に、生と死のサイクルについての観念や、繰り返される悲劇の犠牲者すべてを追悼することが叶わない無念を表し、観る者の心に地球の「嘆き」ともいえる感覚を呼び起こす。

サルセドのこれまでの個展は、アイルランド現代美術館(ダブリン、2019)、ソフィア王妃芸術センター水晶宮殿(マドリッド、2017)、ハーバード大学美術館(ケンブリッジ、2016)、シカゴ現代美術館(シカゴ、2015)、翌年、グッゲンハイム美術館(ニューヨーク)、ペレス美術館(マイアミ)に巡回、メキシコ国立自治大学付属現代美術館(メキシコシティ、2011)、同年、マルメ近代美術館(マルメ)、国立21世紀美術館(ローマ)、サンパウロ州立美術館(サンパウロ)に巡回、テート・モダン(ロンドン、2007)、カムデン・アーツ・センター(ロンドン、2001)、ニュー・ミュージアム(ニューヨーク、1998)、その後1999年にテート・ブリテン(ロンドン)に巡回、など多数。また、グループ展にも多数参加しており、バイエラー財団(バーゼル、2014)、グッゲンハイム美術館(ニューヨーク、2013)、ヘイワード・ギャラリー(ロンドン、2010)、MoMA P.S.1(ニューヨーク、2008)、イスタンブール・ビエンナーレ(イスタンブール、2003)、ドクメンタ11(カッセル、2002)、第24回サンパウロ・ビエンナーレ(サンパウロ、1998)、などがある。

受賞歴

  • 2019年  野村アートアワード
  • 2018年  マドリード・コンプルテンセ大学名誉博士
  • 2017年  ロルフ・ショック賞:視覚芸術
  • 2015年  ナッシャー彫刻賞
  • 2014年  ヒロシマ賞
  • 2010年  ベラスケス造形芸術賞
  • 2008年  コロンビア国立大学名誉博士
  • 2006年  サンフランシスコ・アート・インスティテュート名誉博士
  • 2005年  オードウェイ賞
  • 1995年  グッゲンハイム奨励金
  • 1993年  Penny McCall財団奨励金

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